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 以下は、丑年の2009年1月7日に新聞に掲載された文章である    牛の気持ち  子供の頃、十二支の民話(注1・2)を聞いたとき、私が気になったのは、とにかく牛のことだった。  牛は、「自分は歩くのが遅いから、早めに出発しよう」とずいぶん早いうちから出発した。そして、一着でゴールする寸前であったにもかかわらず、自分の背中に乗っていた鼠に先を越されてしまう。  牛がどんな気分だったか、と考えると切なくて仕方がない。自分の地道な努力が利用されることは、さぞかし悔しかったはずだ、と( 41 )が、そのことを話すと、母は、「牛はあまり気にしなかったんだよ。十二支には入れたし。「モーいいか」と思ったくらい」と答えた。少しほっとした。確かに、十二支の一番目が、二番目に比べて特典があるとも思えない。怒るほどのことでも( 42 )  さて先日、子供が指を怪我した。軽い打撲だとは思ったものの、小心者の私はすぐに整形外科へ向かった。車を走らせ、医院に辿り着くと駐車場がいっぱいで、これは混んでいるな、と焦った。エレベーターに乗ると、向こうから走ってくる男性がいる。  閉まりかけの扉を開くが相手は礼も言わずに乗り込んできて、目的階に到着すると当然のように先に降り、さっさと受付へと向かってしまった。  「こちらのほうが先に来ていたではないか!」と言葉が出なかった。( 43 )頭を過ぎったのが、牛のことだ。「ゴール寸前で追い抜かれた牛は、この程度のことは気にかけなかったはずだ。ここは、『モーいいか』の精神だ」と思えたのだ。なるほど、牛のおかげで( 44 )と私は気を良くし(注3)その後、「十二支の民話」の本を探した。読んでみると、追い抜かれた牛の場面には、「とても悔しがり、 『モーモー』と怒りました」と書いてある。何と、牛( 45 )怒ったのだ。そのことにショックは受けた。が、怒るべき時は怒る、これも大事なことだな、と私は調子よく考える。今年の私の目標は、「モーいいか」と「もう怒りました」をバランス良く使い分けることだ。  (伊坂幸太郎『3652――伊坂幸太郎エッセイ集』による)  (注1)十二支:十二年で一回りする暦。一年ずつを異なる動物で表す  (注2)十二支の民話:十二支の動物を競争で決めたという話。一番目が鼠で、二番目が牛になった  (注3)気を良くする:いい気分になる

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