Question 3
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以下は、諦めについて書かれた文章である。
人が自分の能力以上のことに憧れ、それがどうしても出来ないというのに、なお執着を持っているとしたら、登れない壁の下で徒らにじたばたしているようなもので、気の毒でもありますが、滑稽でもあります。この場合は諦めが必要です、ただそれは、その次の、自分の能力に合った憧れなり、道なりを求めるためにのみ必要であって、諦めの中に憩ってしまうことは少し見当が外れていることになるかもしれません。
(串田孫一『考える葦』による)
筆者の考えに合うのはどれか。