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JLPT

Question 1

 以下は、ある漫画家が書いた文章である。  僕はいままで数多くの漫画やアニメで未来をイメージしてきた。未来を「想像」し、そこから作品を「創造」してきた。僕にとって想像と創造はごく近い、混じり合ったものだと言っていいだろう。  では、イメージすること、想像することについて考えてみよう。僕は想像には二種類あると考えている。可能性が希薄(注1)でも許される「空想」と、確度の高い(注2)データに基づいた「予測」だ。  空想は幻想的(注3)な意味での夢見る世界。予測はやがてこうなるだろうという現実の延長線上に浮かぶものだ。このふたつが自分の頭の中で組み合わせられ、出来上がっていくものがぼくにとっての「想像」だ。  「空想」の中には途方もない(注4)こともある。子どもの時に考えていたこととなんら変わりがない、突拍子もない(注5)ものも含んでいる。「夢」と言い換えてもいいだろう。しかし、夢や空想だけではどこかものたりない。そこで、現実の延長線上にある未来についての予測が必要になってくる。しかし、空想が現実からかけ離れるばかりかといえばそうではないし、予測が必ず現実を言い当てるというものでもない。どちらも、未来をイメージする=想像することのうちにあるのだ。  (中略) 僕は空想も予測も好きな少年だった。子どもの頃から「想像」することが大好きだった。しかし、ぼくが「想像」をただの「想像」に終わらせず、作品を作るという「創造」へと結びつけてきたのはなぜだろう。僕自身はあまり意識してこなかったことだが、こうして考えてみると、やはり「何のためにえがくのか」という言葉が浮かび上がってくる。  「想像」するだけなら一人でしていけばいい。あるいは、友人たちとのおしゃべりで十分だろう。しかし、「創造」するためには、そこに「何のために」という強い動機が必要なのだ。  僕が「想像」したことをもとに作品を「創造」することで、もしかしたら、その作品をきっかけに何かが変わるかもしれない。僕も人類の一人として、この地球がよりよい方向に進み、幸福な未来へとつながっていってほしい。  大げさなことはあまり言いたくないが、大きな目的で、「地球の未来のために」僕は作品をえがいているのかもしれない。  (松本零土「未来創造ー夢の発想法」による)  (注1)希薄でも:ここでは、低くても  (注2)確度の高い:ここでは、確かな  (注3)幻想的:現実から離れている  (注4)途方もない:とんでもない  (注5)突拍子もない:常識から外れた

空想と予測について、筆者はどのように述べているか。

筆者にとって、「創造」するとはどういうことか

筆者の考えに合うものはどれか。