問題 1
なんであれ無我夢中になって時間を忘れるような体験は、誰にとっても奇跡のような時間である。そんな奇跡を可能にするものこそ、実は「独り」の時間なのである。現実世界の他者との接点が完全になくなり、日常のあれやこれやが背景に没する(注1)とき、人は自由の翼を羽ばたかせる。
しかし、現実のもろもろ(注2)が想像カや感性を邪魔しているかぎり、そうした無限といってよい自由はやってこない。ヒマで死にそうな人にも、あの、わくわくする自由は訪れない。<b>①あの自由</b>を取り戻すためには、周囲の人たちとのつながりを完全に忘れてしまわなければならない。あるいは、つながりを完全に絶ってまでも、そこに没入したい(注3)世界が存在しなければならないということである。
独りは、「ひとりぼっち」である。孤独であり、寄る辺ない(注4)状態だ。中学生のなかには――もちろん高校生や大学生のなかにも――、ひとりぼっちになるのが怖くて、電話機から離れられない人も多い。一瞬でもスマホ(注5) を手放すのが怖くて仕方がない人たちのことを聞くと、私は「かわいそうだな」と思う。彼らは人とのつながりがなくなり、ひとりぼっちの深みに沈むのが怖くてたまらないのだ。たぶん、彼ら・彼女たちは孤独の効用を知らないし、ひとりぼっちゆえの自由も知らない。孤独になるところから始まる創造的な時間の使い方もまったく知らない。だから、彼ら・彼女たちにとって、孤独はきっと闇のように暗くて深いのだ。
そんな、<b>②かわいそうな子どもたち</b>をどうすれば助けてあげられるだろうか。独りを恐れてはならないと言ってあげるべきだろうか、独りになることは怖くないと言っても、きっと彼ら・彼女たちには通じない。たぶん、その恐れているものこそ最も貴い宝なのだと教えてくれる何かに出会うことが必要なのだ。狐独が闇ではなく、光であり、途方もない創造性の源泉であることを知る機会さえあればいい。多くの人々を感動させてきた文学作品や、感嘆の声を上げるしかない美術作品の数々。それらは原稿用紙に向かい、キャンバスと向き合った孤独な者たちの手から生まれたものだ。(中略)もちろん、孤独でありさえすれば<b>③偉大な作品</b>が生まれるわけではない。孤独は創造性にとって十分条件ではなく、必要条件なのだ。だから、いきなり深遠な思索やらオリジナルな発想やらがどうして生まれるのか、と聞かれても、答えようがない。しかしそういう傑作が生まれ落ちた素地(注6)にあるのが「独り」の状態だということは知っておくベきだろう。
孤独に対して、あまりよくないイメージがあるなら、そのイメージを払拭し、ポジティヴな(注7)イメージに転換しておかなければならない。孤独は創造の源泉であり、夢中になれる悦ばしい時間の素地である。
(注1)背景に没する:ここでは、意識されなくなる
(注2)もろもろ:さまざまなこと
(注3)没入する:熱中する
(注4)寄る辺ない:頼るものがない
(注5)スマホ:コンピュータの機能を持っている携帯電話。スマートフォン
(注6)素地:もと
(注7)ポジティヴな:肯定的な
【①あの自由】とはどのような状態か。
【②かわいそうな子どもたち】とあるが、何がかわいそうなのか。
【③偉大な作品】について、筆者が述べていることに合うのはどれか。
筆者が言いたいことは何か。