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JLPT
 父が父でなくなっている。家族を統合し、理念を掲げ、文化を伝え、社会のルールを教えるという父の役割が消えかけている。(1)、家族はバラバラになって、善悪の感覚のない人間が成長し、全体的視点のない人間や無気力な人間が増えている。  父としての役割は立派な父でないと果たすことができない。立派でない父が家族を統合しようとし、理念を掲げても、家族から無視されるだけである。立派な父が必要とされているのに、その立派な父が育ちにくいのが現代社会である。そもそも「立派」などというものが流行らない世の中なのだ。全体の将来を考えてリーダーシップをとり、取りまとめ、ルールを教えるという「立派な」人格は、尊敬の対象にはなりにくい。あまり立派でない、むしろだらしのないくらいの父親のほうが(2)。  父でなくなった父の典型が「友たちのような父親」である。彼らは上下の関係を意識的に捨ててしまった。価値観を押しつけることは絶対にしない。何をするのも自由放任である。しかし(3)は「自由な意志」を持つようにはなるが、「よい意志」を持つようにはならない。  「友だちのような父親」はじつは(4)。父とは子どもに文化を伝える者である。伝えるとはある意味では価値観を押しつけることである。上下の関係があり、権威を持っていて初めてそれができる。しかし(5)の関係では、文化を伝えることも、生活規則、社会規範を教えることもできない。「もの分かりのいい父親」は父の役割を果たすことのできなくなった父と言うべきである。  (林道義『父性の復権』による)

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(4)

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