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JLPT

Câu hỏi 1

 読むことは、受動的な(注1)作業だと思っている人は意外に多い。(中略)読んでインプットして、書いてアウトプットする。そうではなくて、両方アウトプットなのだというのが、私の持論(注2)である。  そこにある言葉を読む。すると心には、文字以上のものが広がる。たとえば、子どものころ読んだ海外作品に、聞いたこともない料理名が出てくるということが、よくあった。クロスグリのパイだとか、ジンジャークッキーだとか。食べたことのないものを、懸命に想像して味わう。それを食べる主人公の舌を、獲得するわけである。<b>①この行為</b>は、受動ではなく能動(注3)である。「創る」作業である。本でしか読んだことのない食べものを、大人になってから実際に食べ、「違う」と思った経験を持つ人は、意外に多いのではないだろうか。もちろん違うのは私たちの想像なのだが、しかし自分の頭のなかで創った料理のほうが、断然(注4)おいしかった、ということは、よくある。  本を読まない、というのは、だから、私にとって創造の放棄(注5)である。<b>②つまらない本</b>、相性が悪い本というのはもちろんある。しかしそこで、どこがどんなふうにつまらないのか、どう展開したらおもしろかったのか、自分のどの部分と相性が悪いのか、そんなことを考えていると、つまらない本はおもしろくなるし、相性が悪い本はいつか相性がよくなる日を待とうと思うことができる。私は、おもしろかった本よりつまらなかった本のあらすじを人に話すほうが、ずっと好きだ。どこがどんなふうにつまらなく感じたかを話すのは、そうぞうそれだけ創造の余地(注6)があるからだろう。  料理でも、絵画でも、あるいは家事の手順でも、創ることの喜びを知ってしまうと、なかなかそれから離れることができない。読むことの楽しみは、と訊かれれば(注7)、創ることの自由さだと私は答える。  (注1) 受動的な: ここでは、受け取るだけの  (注2) 持論: いつも持っている考え  (注3) 能動: 自ら進んで行うこと  (注4)断然: ずっと  (注5)~の放棄:~を捨てること  (注6) 余地: ここでは、可能性  (注7)訊く: 「聞く」と同じ

【①この行為】とはどういうことか。

【②つまらない本】について、筆者はどのように述べているか。

本を読むことについて、筆者はどのように考えているか。