问题 2
(2)
作り声は「本当の自分の姿を出したくない」という思いの表れでもあります。
(中略)
その一つとして、日本には、話す人が違ってもまるで同じ人であるかのような「職業声」があります。その仕事に就く人は「自分はこんな声にならないといけない」と思い込んでいるかのようです。
特に接客業(注1)や営業職に多く見られる職業声は、まるで声をマニュアルや制服と同じように扱っているように感じます。自分の本来の声を職業声で覆ってしまうことで、「仕事を言われたとおりにやっていますよ」「自分はこの仕事をする人になりきっていますよ」と暗に示しているのです。自分の個性を消してうわべの(注2)職業声で話すことは、厳しい見方をすれば、人間対人間の場面で、個人を放棄している(注3)とも言えますね。個人の放棄は責任の放棄ともたやすく繋がります。
制服を着てしまうと組織の一員となって個人は消える。職業声も同じです。仕事に個性などいらないということでしょうか。しかし一日の三分の一は仕事をしているわけですから、その時間を制服のような借り物の声で話すことは、気楽ではあるかもしれないけれど、心身には大きな負担であろうと思います。
(注1)接客業:飲食店やホテルなどで客に接する職業
(注2)うわべの:表面的な
(注3)放棄する:捨てる
筆者は、人々がなぜ「職業声」を使うと思っているか。
「職業声」で話すことについて、筆者はどのように考えているか。